07.愛される才能










今日はSt.バレンタインデー。


好きな相手にチョコを手渡し、愛の告白をする日。


……な、はずなんだけど……













「いつの間にか、女の子が男の子にチョコを渡す日になっちゃってるんだよねぇ。
 基本的に甘いものは好きなんだけど…」



目の前の山のようなチョコレートを見つめながら、アレンは大きなため息をついた。



「チョコをもらったら、一ヶ月後にはその相手にお礼しなきゃなんないんだよね。
 しかも相場はもらった物の3倍の金額を目安に…って…
 いったい誰が決めたんだぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!」



そう…甘いもの好きのアレンがチョコをもらって素直に喜べない理由…
それは幼い頃から身に付いた貧乏性によるものだった。


アレンの師匠は自他共に認める女好き。
愛人の数は両手の指の数では足りないほどだった。
その他にも飲み屋のホステスとか、露天商の売り子とか、
可愛い子には手当たり次第に声をかけるもんだから、
ことバレンタインデーには部屋に収まりきらないほどのチョコレートが届けられる。



「俺は甘いモンは好きじゃねぇ。
 酒か女の肌に喰らい付いてたほうがマシだ。
 アレン、ここにあるチョコ、お前に全部くれてやる!
 その代わり、後の始末はしっかりやれよ?」
「…って、師匠〜〜〜〜!
 そんなお返しするお金、どこにあるっていうんですかぁ〜〜〜〜!!」



涙で訴えた苦い思い出が脳裏をよぎる。


そりゃあチョコをもらえるのは嬉しい。
師匠にもらったチョコと違い、皆自分への好意を示してくれているのだから
それはそれで男冥利に尽きるというもので。
バレンタインデーのこの日にチョコの1つももらえない
世の寂しい男性諸君に比べたら、どんなにか幸せというものだろう。



「けど、僕のお小遣いで足りるかなぁ?お返し…
 それに…僕の場合、どうがんばったって、意中の相手にはチョコなんて
 貰えそうにもないし…
 おまけに何を血迷ったんだか、自分でもこんなモン買っちゃうし…
 女の子だったら義理チョコですとか言ってごまかして渡せちゃうけど、
 男の僕からだなんて…キモいだけだよねぇ…
 おまけに神田は…甘いモン、大嫌いだし…」



ははは…と一人で空笑いすると、自分の手にある小さな包みを見つめた。
好きな相手にチョコを贈る気持ちが自分の中に存在していたこと自体驚きだが、
それを相手に渡すことを考えただけで心臓がバクバクしてしまうなんて
とんだ重症だと思った。
その包みこそ、アレンが意中の相手…神田にプレゼントしようと、
自ら買ったチョコだったわけで。








「おい。 何を暗い顔してやがる」
「……って、えっ?! かっ、かんだっ?!
 どっ、どうしてここにっ?!」



急に聞こえた声に、アレンは咄嗟に手にした包みを後ろに隠した。
バレンタインのチョコです…なんて知られたら、
きっと一笑に伏されるに決まっている。





神田はというと、アレンの目の前に山と積まれたチョコレートを見ると、
ことさら大きなため息をついてみせた。



「はぁ…お前んとこも、このザマか…
 …ったく、なんだって教団の奴等はこういうイベントが好きなんだ」
「…は…はぁ…?」
「で、お前、確か甘いモン、好きだったよな?」
「……へ……?」



神田の唐突な質問に、アレンはすっとんきょうな声を出した。
だが、そんなアレンの声を無視すると、
神田は持参した大量のチョコの包みを、勢いよく部屋の中にばら撒いたのだった。



「お前にやる」
「かっ、かんだっ! これっ、なっ、なにっ?!」
「何って、見りゃあわかるだろ? チョコだ」
「そりゃ、どこからどう見てもチョコですけど…
 …ひょっとして、これ全部、神田が誰かにもらったんですか?」



神田は迷惑至極と言わんばかりに眉間の皺を深く刻みながら、
嫌そうに重い口を開いた。



「ああ…毎年毎年、嫌がらせのように部屋の前に置いて行きやがる。
 俺が甘いモン大嫌ぇだって知ってて、わざとやってんのか? あいつら…」
「そっ、そりゃないでしょ?普通…
 純粋に神田の事が好きなんですよ。きっと…」



声に出して解説してみせた後、胸の奥がチクリと痛む。


神田を好きな相手が、こんなにも沢山いるのだという嫉妬に似た感情。
そして神田にとっては、自分のチョコもこんなふううに迷惑がられるだけなんだという
悲しいような虚しいような、何ともいえない心の痛み。



アレンの表情が無意識に沈み込んだ。



「…どうした…? お前、甘いモン好物だったろ?」
「ははは…たしかにそうなんですけどね。 お返しのことを考えると、ちょっと…」
「…はぁ? お返し? なんだ、そりゃあ?」
「えっ?ひょっとして神田…今までホワイトデーにお返ししたことないんですかっ?!」
「…ったりめぇだ! 誰がこんな嫌がらせする奴等にお返しなんざするかっ!」
「えっ、ええっ!!」



お返しをしたことがない?
ということは、毎年こうして神田にチョコを送り続けている人たちは、
損得勘定など全くなしで、純粋に彼を好きだということなのだ。
そう考えると、やきもちよりも先に、その贈り主たちが不憫に思えてきてしまう。



「神田…それってチョコを贈ってくれた人たちに失礼ですよ?
 そりゃ神田は甘いものは死ぬほど嫌いかもしれませんが、
 チョコをくれた人たちは皆純粋に神田に好意をもってるんですから!
 …ただ…神田に振り向いてほしくて…
 年に一度しかない告白のチャンスを活かしたくて…
 だだ…ただ…皆、神田のことが好きなだけなんですからっ…」



贈り主の代弁をしているつもりが、
いつの間にか自分の気持ちを打ち明けているような気がして、
アレンは序々にその声のトーンを下げて俯いてしまっていた。
次第に声が震えて、瞳が潤んでしまう。



「…で? お前が後ろに隠してるモンは何なんだ?」
「えっ? あっ、あのっ、これはっ…ですねっ…!」
「ほぅ…誰か好きな本命の彼女にでも貰ったのか?
 いい身分じゃねぇか」



神田の背後に沈黙の怒りが陽炎のように見え隠れする。
今ここで怒って帰られてしまったら本末転倒、
それこそ想いを込めたチョコなど手渡すタイミングなど無くなってしまう。



「そっ、そんなことあるわけないじゃないですかっ!!
 こ、これはですねっ…そ、その…バレンタインとは何の関係もなくて、
 街に出たときちょっと見つけたんですよ。
 ほら、中にブランデーとか入ってて、あまり甘くなくて美味しいから、
 甘いモンが嫌いな神田でも…そのっ…食べられるかなぁ…なんてっ」



焦りと照れ隠しで、思いついたままを言い訳がましく言ってみるが、
それが嘘なのはバレバレで…



「…じゃあ、それは俺のモンってわけだ…」
「え? そ、そうなんですけど…って、神田っ、貰ってくれるんですかっ?!」



ダメだと諦めていたチョコを神田が貰ってくれる。
それだけで、アレンの表情がぱあっと明るくなる。



「ああ…だが、ひとつ条件がある」
「…じょ、条件っ?」
「そうだ。 それ、お前が直接俺に食わせろ」
「え? 僕が…ですか?」
「そうだ」
「…はっ、はいっ!」



神田は真っ赤になって慌てるアレンから白い包みを受け取ると、
中からブランデー入りの塊を取り出して指で摘む。
そして、アレンの顎を軽くつかむとその小さな可愛らしい口に、
茶色の塊を差し込んだ。



「…え…はぁ?…って…んっ…?!」



神田はにやりと小さく笑うと、その唇に己の唇を触れさせる。
そして、アレンが口に含んだブランデー入りのチョコを
舌で器用に自分の中に取り込んだ。



「…ん…はぁ…んんっ…」



カチリとチョコを軽く噛んで割ると、その中のブランデーが口の中に溢れ出す。



「…確かに、美味いな…」



甘いモノは嫌いでも、アレンの唇だけは別だ。
味わえば味わうほど甘さが増すのに、その味が忘れられずに何度も堪能したくなる。



「この甘さだけは絶品だ…今日だけと言わず、いつでももらってやるぞ?」
「…はぁっ…かっ、神田の…ばか…」



チョコの甘さとブランデーの香りがアレンの思考回路を麻痺させる。
自分が贈ったチョコをこんな風に食べてもらうのは気が引けるが、
それでも神田が今年口にしたチョコは自分があげた物だけだということが、
アレンの中で小さな優越感として気分を高揚させた。
幾度となく深い口付けを繰り返しては互いの唇の甘さを確認し合う。


しばらくして、名残惜しげにその唇から離れると、
アレンは力が抜けたように神田の腕の中に滑り落ちた。



「神田は…きっと無意識のうちに人に愛される才能があるんです…」
「はっ…この俺がかぁ?」
「そりゃあ確かに、無愛想で冷たく見えますけど…
 ホントは人一倍相手の事を気遣ってる…
 きっと、チョコを贈った人たちはそれが判ってるんですよね…
 だからお返しなんてなくたって、こうして毎年チョコがくるんですよ」
「そりゃ…お前のことだろ?
 俺なんかより、お前のほうがずっと人に愛される才能がありそうだ」
「そんなことはないです。
 けど…例えそうであったとしても、僕は沢山の人に愛されるより…
 たった一人…キミに…好きでいてもらいたい…」



微かなチョコの中のブランデーが効いたのか、
アレンは頬を高潮させ、懇願するように神田に擦り寄った。



「じゃあ、お前をこの世で唯一、俺からチョコのお返しをもらった人間にしてやる」
「えっ? ホントですかっ?!」
「ああ…その代わり、今日はお前にもらったチョコを、思う存分味あわせてもらう」
「えっ? ええっ…!神田ぁぁぁ!」












その後、二人がチョコよりも甘い甘い夜を過ごした事は言うまでもない。







ハッピーバレンタイン。
貴方は誰と、甘い夜を過ごしますか?





 

















                               
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≪あとがき≫

長らくご無沙汰しておりましたm(_ _;)m
家の方もようやくひと段落して、何とか小説が書けそうな状況になりました;
これからは連載&お題とまたのんびりと更新していく所存です(*_*)

バレンタインデーということで、バレンタインねたで仕上げました。
甘い夜…
二人は甘々な夜を過ごしたんだろうなぁ〜〜〜v
現実は寂しいバレンタインだけど、妄想の世界だけは
いつもハッピーでありたいと願う私でありました(〃⌒ー⌒〃)ゞ